「DXを進めるには、まず業務フローの見直しから始めなければならない」 「古いやり方を捨てて、システムに合わせた新しい働き方に変えよう」

DX（デジタルトランスフォーメーション）のセミナーや書籍では、必ずと言っていいほどこう言われます。 理屈はわかります。しかし、現場を預かる身からすれば、こう言いたくなるのではないでしょうか。

「それができれば苦労しないよ！」と。

長年培ってきた現場の「やり方」には、それなりの理由と歴史があります。それを無視して、いきなり新しいシステムと新しいルールを押し付ければ、現場が大混乱に陥るのは目に見えています。

実は、DXに成功している企業の多くは、最初から業務を変えようとはしていません。まずは今の業務フローは『そのまま』で、道具だけをデジタルに変えるというアプローチをとっています。

今回は、なぜ「業務を変えないDX」こそが最強の成功ルートなのか、3つの理由を解説します。

理由1：現場の「抵抗」を最小限にできるから

新しいシステムを導入した際、現場から猛反発を食らった経験はありませんか？

• 「入力項目が多すぎる」
• 「前のやり方のほうが早かった」

これは、システム導入と同時に「業務の手順」まで変えようとするからです。

現場の仕事は「習慣」でできている

現場のスタッフは、これらの業務を「いつ」「どのように」行うか、身体に染み付いたルーティン（習慣）を持っています。

• 製造日報
• 作業指示管理
• 在庫・資材管理
• 設備点検報告書

「作業が終わったら、日報用紙に個数を書いて、班長の机に置く」。このリズムが崩れることが、現場にとって最大のストレスなのです。

「紙」が「タブレット」に変わるだけ

「そのままDX」のアプローチは、このリズムを崩しません。 フォーム入力は、これまでの紙の報告書やExcelの見た目を「そのまま」画面上に再現します。

• やることは同じ： 作業が終わったら報告する
• 項目も同じ： 今までと同じ項目に入力する
• 違うのは道具だけ： 紙とペンではなく、スマホやタブレットを使う

「やり方は変えなくていいですよ。ただ、書く道具がこれになるだけです」

そう伝えれば、現場の心理的ハードルは劇的に下がります。まずは「使ってもらうこと」。これこそがDXの第一歩であり、最大の難関を突破する鍵なのです。

理由2：システムに人間が合わせる必要がないから

世の中にある多くのパッケージソフトは、「このソフトの仕様に合わせて仕事をしてくれ」というスタンスで作られています。

しかし、企業ごとに管理したい項目や重要視するポイントは千差万別です。無理にパッケージに合わせようとすると、重要な管理項目が抜け落ちたり、逆に不要な入力項目が増えたりします。

「フォーマット」を現場に合わせる柔軟性

「そのままDX」は、システム側が現場の業務に合わせて柔軟に形を変えることができます。

• 「うちは『品質検査』で特殊な数値を記録している」 → その項目を追加すればOK
• 「『購買発注』のフローは独自の承認ルートがある」 → その通りに設定すればOK

製造、在庫、品質、図面管理など、あらゆる業務に対応できるのは、このシステムが業務に合わせるという柔軟性があるからです。 「システムのために仕事を変える」という本末転倒な事態を避け、自社の強みである独自のノウハウや現場力を維持したままデジタル化できます。

理由3：本当の業務改善は「データが見えてから」しかできないから

「業務フローの見直しをしてからシステムを入れるべき」という説に対する最大の反論がこれです。

紙や口頭でやり取りしている現状（アナログな状態）で、どこに無駄があるか正確に把握できるでしょうか？ 勘や経験で「ここが無駄だろう」と推測でフローを変えても、失敗するリスクが高いだけです。

まずデジタル化、改善はその後

まずは今のフローのままデジタル化し、経営・管理層へデータを集めます。すると、「業務の見える化」「データの分析」ができるようになります。

• 「Aラインだけ、日報の作成に異常に時間がかかっている」
• 「在庫のズレは、いつも金曜日の午後に起きている」

こうした事実（データ）が見えて初めて、「じゃあ、ここの手順を変えよう」という正しい改善案の作成が可能になります。

運用しながら育てる「フィードバックループ」

そして、改善案が決まったら、システムを修正します。

1. 今のままデジタル化する
2. データを見て問題点を見つける
3. 業務フローとシステムを修正する

この順番こそが、失敗しないDXの鉄則です。「そのままDX」という名称には、まずは今のまま始めて、走りながら良くしていこうという、実践的なメッセージが込められているのです。

既存システムも「そのまま」でいい

最後に、もう一つ「変えなくていい」ものがあります。それは、すでに社内で動いている基幹システムです。 「新しいDXツールを入れるなら、既存の生産管理システムと入れ替えないといけないのか……」と億劫に感じる必要はありません。

API連携で「いいとこ取り」が可能

• 本社の基幹システム： そのまま使い続ける
• 現場の入力ツール： 使いにくいハンディターミナルやPCをやめて、「そのままDX」のスマホアプリにする
• 連携： データは裏側（API）で自動的につながる

このように、既存の資産を活かしながら、現場の使い勝手だけを最新にする「いいとこ取り」が可能です。

変化を恐れず、「いつもの仕事」から始めよう

「DX」という言葉に踊らされて、いきなり会社を作り変えようとしてはいけません。急激な変化は、現場の混乱と反発を生むだけです。

大切なのは、現場がストレスなく使えることです。

「製造日報」も、「在庫管理」も、「点検報告」も。今の業務フロー、今の帳票、今の仕事のやり方をそのままデジタルに乗せ換える。 それだけで、データはつながり、集計作業はなくなり、経営の視界はクリアになります。

「業務を変えない、道具を変える」。

これが、最短距離で成果を出すための、最も賢いDXの始め方です。